みんな、おなじ空のしたで ひがしにほんに本をとどけよう!

これなら私にもできることかもしれません。
そして、私のまわりの、絵本と本を愛する心やさしい方々にも。


絵本作家・杉山亮さんの3/18・19の日記を必ずお読みになってください。
私は涙が出てしまいました。
被災地の子どもたち、そして大人の方々、絵本の今と未来、いろいろな
思いがつながります。


みんな、おなじ空のしたで ひがしにほんに本をとどけよう!プロジェクト
http://kodomiru.exblog.jp/


新しい本を買うなら、義援金として寄付するのがよいと思います。
家にある、「今読まないおもしろい本」を送ることに意味があるのです。
あくまでも、受け取る人の気持ちを想像して送るから、「届く」のだと
思います。


かなり長いのですが、3/19の杉山さんの日記です。
削ることは難しいので、全部載せてしまいます。
↓↓↓↓↓


1)これは杉山亮が
ホームページ「杉山亮のなぞなぞ工房」の3月19日付の日記に書いたもので
す。

2)まず、業務連絡がふたつです。
 送ってくださる方はざっとでけっこうですから絵本何冊、児童書何冊、ご
自分の住所と名前とほかのプロフィールなどを書いていただけるとあとあと
の記録になるのでありがたいです。

3)杉山に送る前に石丸良枝さんのホームページを必ずごらんください。
「子どもと見る風景」で検索するとたどりつけると思います。
そこではぼくのところ以外で本の預かりをしますと立候補した各地の人が紹
介されています。
京都・名古屋・東京などです。

4)わざわざ山梨の杉山宅に送るよりそちらの方が近くて早そうと思われる
方は石丸さんにメールを入れてそちらの住所を聞いてください。
その方が合理的です。
以上。業務連絡でした。

5)ここから本題です。
さて、いよいよ「絵本児童書を被災地へ大作戦」が始まりますがその前にち
ょっと自分なりに思うことを書いてみます。
長いです。

6)その作戦の話は聞いたけどそれってどうなの、、どうしようかなあと二
の足を踏んでいる人に聞いてもらおうと思って書き始めます。
する以上、大勢の人にじょうずに巻き込まれてもらいたいと願ってです。

7)まず、こういう運動で注意しなければいけないのは送る側が勝手に自己
陶酔してしまうことです。
子どもなら絵本だよね。おもちゃだな。とか勝手に決め込んで一方的にただ
送っていいことしたつもりになってしまう人。
けっこういます。

8)でも、それを送るだけで子どもがまちがいなく喜ぶと思うのはたいてい
大人の幻想です。

9)ぼくのまわりにもそういう単純な偽善ぽい感じを嫌い、そういう人とい
っしょにされたくないなあと思っているクールな部分をもちあわせた人は大
勢います。

10)そして、ぼくもまた、初め少し及び腰だったのは最初のよびかけに書
いた通りです。

11)で、それについてはこう思います。
なにかしなきゃと思いつつ、いい方法が浮かばない時はぼくは知人の提案に
のろうと。その機会を与えてもらえたことに感謝しつつてつだわせてもらお
うと。
一番いいかどうかはわからなくても何番目かにはいいと思えるならそれをし
ようと。

12)こういうのを偽善というなら偽善といわれてもぼくは真っ向から否定
しません。というかできません。
なぜなら最初から善人100パーセントの人なんていない。
これって偽善ぽいかなあ、人のためにやってるように見せかけながらおれ、
自分のためにやっているのかなあ。自分はずるいのかなあ。
なんて自問しつつしかし、そういう行動を重ねてそのうち、なにも考えず楽
にやれるようになった人がはたから見て善人になってるってことなんだと思
います。

13)少なくとも心の中でいくら考えてもなにも社会は変わらない。
最低限、ベタに動き出さないと新しい展開は見えてこないのははっきりして
います。

14)今回も今、被災地で絶対ほしいのは電気や食べ物やガソリンや暖房や
薬と伝わっています。
すべてもっともだと思います。

15)でも、ぼくはガソリンや薬を手に入れて送るすべを知らないし、そこ
はそこをなんとかしようとがんばっている人がいることを信じて、それぞれ
が得意分野で動けばいいと思っています。
ぼくの場合はなぜか子ども畑、書籍畑に知り合いが多いので、いってみれば
そのあたりに土地勘があって楽に動けるんです。

16)そして、絵本や児童書が現地で求めれているものの二番手三番手で、
絶対ほしいものじゃないとしてもあったらいいなというものではあるとは思
います。
その、ちょっとほしいもの部門を受け持つ人もまた、いた方がいいんです。

17)今回はきっと長期戦になります。
あまりに多くのものが一度に奪われ、どう考えても、そう簡単に復興とはい
かないでしょう。
そうなると、人は役に立つものだけでは長続きしません。
本来、花を飾ったり、絵を描いたり歌を歌ったりする変な動物です。
でも、そういう変だけど好きなことをする中で自分の尊厳を保っていくわけ
でそれができないととてもつらいです。
本もまた、なくても大丈夫な人もいるけどないととてもつらい人もいます。
大人も子どももそう。
そこに届けられば最低限の役割ははたされます。

18)次にどんな絵本や児童書を送ったらいいのかという話をします。
なぜなら、絵本や児童書のすべてが子どもの心をケアするはずもないからで
す。

19)絵本とはひらたくいえば絵のある本全般のことでその中にはおもしろ
いものもつまらないものもあります。
当たり前です。
それは映画でも音楽でも美術でもなんにでもいえることです。

20)例をあげると、本好きな大人はどんな本をもらっても嬉しいかという
とそんなはずはありません。
ぼくだって、本屋に入って買いたい本が一冊もなくて出るのはしょっちゅう
です。
たただっていらない本のほうがずっと多いくらいです。
それは子どもだつて同じです。
そこのところをちゃんと押さえて送る本を選ばないと大人の傲慢をおしつけ
る話になってしまいます。

aまず、こう考えたらどうでしょう。
自宅の本棚の中でおもしろくてこれはとっておきたいなあと思うくらいの絵
本や児童書を送るかどうかというところから考える。
子どもがいる人は子どもと相談しながら選ぶ。

bここは絶対、大事なところです。
なぜなら心のこもったプレゼントというのは自分がいいなあと思うものを選
ぶのが原則だからです。

c子どもがそれはだしたくないというかもしれません。
でも、そこで話し合う過程こそボランティアの意味を親子で話し合うまたと
ない場になるはずです。
なんなら子どもと交渉して「なら、この本は手元に置くことにしてでも、こ
の本は送ってあげようよ」なんて親子で被災地に思いをはせながら選んだら
どうでしょうか?

dいいものは自分のところにみんなとっておいてつまらなかつたものだけ送
るとしたら、その考え方は合理的なようでいてとても下品です。
今回の災難を乗り越えるにはみんなが少しづつなにかを失いあい、だしあっ
て、しかし、その結果、いつかみんなでもっと大きなものを得ているかもと
いう長い道を行くしかないだろうと思います。

e第一、被災地はゴミ捨て場ではないし、つまらない本ばっかりいったら現
地の子ども文化はどうなってしまうのでしょう。

fもし、ここで向こうの子どもたちを励ましたいと思うなら自分がこれは名
作・傑作だと思う本、子どもがかって夢中になった本、すぐれた作家のもの
だと思える本、などなど、とにかく自分が責任もって勧められる本を入れて
いこうと考えるものかと思います。

gこんなときこそ、今の日本のぼくらが持っている最良の絵本と児童書の底
力に、「現地に行けないぼくらに代わって子どもたちを楽しませたり、いい
時間を過ごさせてやってね、頼むよ」と願いを託すものでしょう。
そういうレベルの本がまざっていないと力になりません。
では、その本はなにか誰が選ぶのかといえばもちろん、ぼくらの眼力です。

h二点目。
しかし、そう単純でないのが絵本や児童書のおもしろいところです。
そうはいいつつも、自分にはおもしろくないけど他の人にはおもしろいかも
と思える本はあります。

iへたな本、おおあじな本、作者と画家のひとりずもうの本、作者の目が深
いところに届いていない本というのは誰が見てもつまらないのですが、趣味
の違いというのは確かにあります。
虫の本とか鉄道の本とか好きな子は夢中になるけど興味ない子には「フーン
」てなもんです。
それはもう、当然です。そのへんは主観とは別の客観的なセンスの方を導入
して選ぶものかと思います。

j三点目。
でも、です。これは最初の呼びかけに「もう読まないと思う本の中でおもし
ろいものを」と書きました。
ただ、「おもしろいもののみ」と書いてしまうと冊数が少なくなってしまい
そうだからです。
「もう読まない」というところを「不要品」と受け取らないでください。
「それなりにおもしろかったけど、
もう大きくなってしまったから読まなくてもいい」という意味に受け取って
ください。

k絵本や児童書で大事なことのひとつは冊数をたくさん読むことです。
ある程度の数の本を読んでいくうちに自分の好みがなんとなくでき、読みこ
めるようになり、自分なりの名作をさがす基準もできていきます。
だから、ぼくらには子どもに名作を読んでもらいたいなあとひそかに思って
しまいつつ、しかし、そればかりの促成栽培ではよくないとも知っていて、
広い世界を丸ごと提供するような複眼思考が必要になります。

lだから、具体的には「この絵本がうちから出す目玉の本だ」というのは「
エイヤー」と、しっかり何冊かは入れてもらって、そこそこ、これもまあ、
おもしろいかなあくらいのものをたくさん入れてください。
でないと今回の被災者も避難所もはんぱな数ではありません。
冊数がたりないと思います。

mそれから、これはみんな書かないのであえて書きますが、本のとても重要
な要素に「時間つぶし」ということがあります。そのいいかたに抵抗がある
なら「どうせなら、いい時間の流れを持つ」といってもいいです。

nたとえば、ミステリーや時代物が好きな大人は大勢いますが、そういうの
を電車の中で読んでいる時、この本でなにかを吸収しようとかメッセージを
得ようなんて誰も考えていません。
ただ、どうせ同じ時間なら心を動かしていた方が楽しいのです。
そういうところにいわゆるB級アクションものの意味があったりします。

o絵本や児童書にはそういう要素もとてもあります。
そのへんを押さえておかないと「みんな仲良く」だの「命は大切」だのおも
しろさ抜きで向上心をやたら育てようと、メッセージ性の強いものばかりを
選んでしまったりします。
これは今回の本を送る動きとは似合わないと思います。

p(メッセージがあるものがよくないと一律にいってるのではありません。
反論の余地のない陳腐なメッセージだと辟易とするんで考えるに値する、メ
ッセージなら好きなんです。
でないと、子どもは深く考えないで「差別」と聞いたら、あ、「それはよく
ない」といっておけばいいんだなあという処世術をメッセージとして受け取
っちゃうと思うんです)

q本はそのおかげでものがたりの世界にこころを遊ばせていい時間が流れた
というのがまず、大事でその上でなにか得るものがあったというならラッキ
ーってなものかと思います。

rまた、子どもが本に没入している間親が自分の仕事をしたり休息できると
いうのもとても大きな効用です。

s一人で読むもよし、親やまわりの人に読んでもらうもよし、大きい子に読
んでもらうもよし、まわしっこして読んでもらうもよし、いろんな楽しみ方
を作れるのもいいところです。
一冊の本をそこにいる人たちが読みあって、同じものがたりを共有していく
というのもとてもいいです。

tわざわざ、あたらしい本を買う必要はありません。
お金をだすなら、それは義援金でだした方が全体のためだと思います。

u逆に、あんまりポロポロの本や古い本もやめましょう。
もらった子が悲しい気持ちになります。このへんは各人の良識でいきましょ
う。

v子どもはリアルとファンタジーの間を行ったり来たりしながら大きくなっ
ていくものだと思いますが今回の災厄は子どもをあまりにリアル過多に振っ
てしまいました。その現実の前にとりあえず、なすすべはありませんが子ど
もにはやはり、おもしろいものがたりの世界で、いっときでも遠い世界に心
を遊ばせて夢見てもらいたいものです。子どもがにこにこしている顔を見る
ことが大人の生きがいであったりするときも確かにあります。

wさて、長々と書いてきました。
もちろん、これはすべてぼくが個人的に思っているということなんで、だか
らといって送られてきた本をぼくが検閲してピックアップしてしまうなんて
ことは一切ありません。
ご安心ください。

xでは、みなさん、絵本と児童書を送ってください。
ほかの人にもどうぞ、ひろめてくださいますように。
こちらの文もよかったらつけたしてください。
でも、これは逆効果だと思ったらやめてください。
そこらへんは
ご賢察にお任せします。
ぼくの書いたことの中でひとつでもなるほどと思ってもらえるところがあっ
たら幸いです。

y今回の災厄の後始末がいつか一段落したら、協力してくれた大勢の皆さん
とどこかでお会いできますように。

zあまりに長い文になったのでわかりにくいぞとつっこみたい方用に段落ご
とに頭に記号をつけました。
みなさんがじょうずにまきこまれてくれて、また、他の人をじょうずにまき
こんでくれて、この作戦がうまく行きますように!